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2009年4月

霊的視点からのご使命と課題の違いについて。

ひとは存在意義を求めている。

「わたしのご使命はなんですか?」そう質問をされることがあります。

ご使命とはロマンや責任転嫁ではなく、(もしも自分の意思には関係なくとも)役割を全面的に受け入れ、責任を果たすことを課す(課される)こと言います。

霊的視点からのご使命とは?

ひとの中には本人の意図とは関係なく、道を用意され、ご使命をいただく事があります。

(自分自身で選んで何がしかの道を進んでいかれる方もいます。それはご使命とは呼ばず課題と呼びます。)

ひとは自分に期待された大意(天意)に従って(天の為の仕事)を成そうとするとき、沢山の背景存在方の導きとサポート、良縁、シンクロ、奇跡を頂くことが出来ます。 

大意の仕事はいくつも種類、社会的影響度の違い、がありますが、この世の総ての人に期待・用意されるものではありません。

生まれもってご使命を持つものは、自由意志の様でありながら、実は本人には選択の余地はありません。

自分の意思で 受け入れることを 決めさせられるところまでも課せられているのです。

そう言うと何か素晴らしい事、特権的なもの、ロマンチックなものでもあるかのように感じる人も多いかと思いますが、実際には本人には「望まざる客」のようにとても苦しい選択である場合が多いです。

はじめに 迷いの末に苦渋の決断をしたものは 受け入れた後は道が容易いことが多く 

はじめに 選ぶことに迷いの無かったものは 苦難多く、のちのちに決断したことに対する迷いが出てきます。

そして重要なことなのですが、天意は学びなのです。「あなたは完璧ですから世界を救いなさい。リーダーになりなさい。」ということではありません。 人はとかく結果に囚われがちですが、本当に大切なのはどういう動機を持って自身がそれを行うか?なのです。天からは「あなた自身はその経験を通して(より多くのひとの人生に触れ)そこから謙虚に学びなさい。」と言われているのです。 結果を出しつつも、学びなさいと言われているのです。

実は、わたし自身もこのサイキックというご使命を受け入れるようになるまでには、かなりの時間がかかり、ある意味「受け入れるしか道はないんだ」というような苦渋の末の選択でした。(わたし自身は何よりも普通の家庭の幸せを望んでいました。)

完全なる明け渡し・・とガイドたちは呼びました。

つづきます。

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